avectoi17’s blog

関西の大学2年生!私の思惑ブログ。私のペースで書いてます…目標1投稿/3日です!コメントや感想お待ちしています!

余命1週間

 

これを文章にして残そうかどうか迷いましたが、忘れたくない、私にとって大事な出来事だったので残しておくことにしました!

先日、私の祖母が亡くなった。長い間入院していた祖母だ。母から「余命宣告があった。1週間やって…」という電話がかかってきた。
ああ、そうなん…そっか…とだけ言えた。
「心づもりだけしておいて」と、それだけ話して電話を切った。

先が真っ暗になった。コロナも相まって病院には入れず、入院している祖母に2年間会えずにいた。そして祖母は私が多忙だと気遣って連絡してくることもなかった。そんな祖母のことを知りながら私から連絡を入れることも殆どなかったのだ。これには後悔してもしきれないなって。

母から連絡のあった翌日、叔母から「おばあちゃんが亡くなりました」との連絡がきた。そんなに急か、と。昨日の今日でそんなことが?と。理解できずにいた。人が亡くなるってこんなにもあっけないんだなって。

なにより、2年間も顔を合わせていない、連絡を取っていない祖母だ。
それの何が問題かって、祖母の他界によって私の日常が何も変わることがないということ。
人の死ってそんなものなのかと知って悲しくなった。

祖母の孫は私たち兄弟を含めて10人いるが、その中で私は唯一の女孫なのだ。だからこそ、より私のことを気にかけてくれていて、私の頑張りを一番に認めてくれて、私のやることやること全部に大絶賛して応援してくれていた。今思えばそんな祖母は私の応援団長だったのだろう。そして私はそんな祖母の存在に支えられていたのだと、その存在がいなくなったと知って初めて気が付いたのだ。「大切なものは失ってから初めて気が付く」とはこのことだろう。

祖母のために何もできなかったのは悔やまれる。はるかちゃん!はるかちゃん!と呼んでくれていた祖母の声は今でも鮮明に思い出されるし、はるかちゃんは自慢の孫やわぁといつも褒めてくれていた祖母を想うと懐かしいにおいがする。

今にも起き上がって「はーるかちゃん!」と声をかけてくれそうなくらい安らかだった。
通夜の前日、祖母と同じ部屋で寝た。その夜、私はずっと夢を見ていた。不思議な夢だ。夢の舞台はまさにここ、今と同じ状況で、横には同じように母と弟たちがいて、いつものようにみんなで大爆笑が起きていた。私の夢はいつも音は殆どなく、あまり周りをみていない自分目線のものである。状況はほとんど見えないがとにかくみんなでいつものように大爆笑をしている中で、確実に祖母が眠っている方向から祖母の笑い声が聞こえてきたのだ。「はーるかちゃん!」という祖母の声も。目を覚ましても夢と同じような光景が広がっていて、また眠っても同じような状況が起き続けた。嘘のような本当の話で、その日はあまり眠れずにいたが、なんだか心が軽かった。

そんな不思議な出来事とたくさん流した涙のおかげで無事、祖母を送り出すことができた。
ああ、こんなにも呆気ないのかと思ったし、祖母の他界を機に私の日常が変わるということがないという事実に心底心を痛めていたが、そんな思いも全部、祖母が受け入れてくれているんじゃないかななんて自分勝手に解釈することにした。

私の大の味方である祖母の突然の死は私にとってはかなり大きな出来事だったが、おかげで気づかされたこともたくさんあった。これも祖母が私に遺してくれたものなんだろうなと思う。自分勝手すぎるだろうか。こんな私をも受け入れてくれる、それが私の自慢の祖母なのだ。

なんでも「おじいちゃんが言ってるんやから間違いないんや!」という姿勢だった祖母。
「はるかちゃんは自慢の孫だ!」と言い続けてくれた祖母。
そしてなにより、自身の夫である祖父や、娘たちである母や叔母たち、10人もいる孫たちである私たちや、娘婿である叔父たちみんなをいつも見守り、背中を押して支え続けた私の祖母はいつまでも私の自慢の祖母で、尊敬する私の祖母なのだ。

私も祖母のように「心から全力でだれかを信じられる」人になりたいと思う。