avectoi17’s blog

関西の大学1年生!私の思惑ブログ。私のペースで書いてます…目標1投稿/3日です!コメントや感想お待ちしています!

安心感を手放したくなかった。

 

私は大学生になってから大阪の大学生なのに東京のコミュニティにどっぷり浸かったおかげで、自身の大学に友達が少ない。(笑)

 

そしてその浸かった先の友達はまあもちろん、関東に住むみんなだからなかなか会うことができない。

私だって普段の活動、授業終わりに行きたいし、対面活動のあとの飲み会にも行きたいし、新歓で入ってきてくれた1年生とは一番に会って話したかった。

私だって簡単にみんなに会えて、時間をまたいで一緒にいて、みんなのバイト先に遊びに行って、授業でばったり…なんてこともしたかった。

 

大阪でも東京でもなかなか自分という自分を発揮できるところはなくて、というか好きな自分を見つけられなくて、どこにいても自分がここにいないみたいな感覚で、自分の居場所がずっとないって感じ。

 

そんなことないよって言ってくれる人はたくさんいるんだ。

ありがたいな。

でも、私はなんだか焦ってて、信頼できる人がいないことの焦りというか、どこに行っても取り繕っている自分がいて、それが当たり前なのがしんどいし、ん~自分でさえ自分のことを見つけられてないっていうか、自分でさえ隠れた自分を探し続けてて、見つける自分は「嫌いな自分」ばかりで。

 

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でもね、そのコミュニティに所属し始めたイレギュラーな私をめちゃくちゃ気にかけてくれたのが「あなた」で。

最初からこうなることを分かってて私はそこに飛び込むことに決めたんだけど、それも全部分かったうえでたくさんサポートしてくれた。

その存在がどうしてもありがたくてさ。

 

「あなた」とはたくさん話したよね。

ほんとに大学の話はもちろん、小学生、中学生、高校生の時の話もしたし、

バイトの話とか今日あったこととか、今日のごはんとか。

考え方や価値観、人生観とかの話もした。

ずーっと電話繋いでくれて、無言でも全然良くて、それでも気まずいとかなくて、

話したいときに話したいことを話す、そんな時間を一緒にしたもんだから、

本当に一緒にいて心地よくてさ。

 

びっくりすることに「あなた」には何でも言えた。

本当に何でも聞いてくれるから。

 

私がブログを始めた、というのを知ってからずっと

パソコンのデスクトップにショートカット入れちゃうくらいに

人のことを応援するのが大好きな人なんだよね。

急にアクセス数増えたと思ったら一気読みしてくれたりね。(笑)

 

私のことを本当によく知ってくれてるから、その安心感を手放すのが惜しかった。

こんな大きな安心をくれたのは「あなた」が初めてだったからさ。

 

依存体質なのは自覚していたからさ、あーーーだめだめって自制してたのね。

依存しちゃだめなのは知ってたから。最初から分かってた。

一緒にいる時間が長すぎた。共有してる時間が長すぎた。

気が付いたときにはもう遅かった。

 

この居心地の良さ、安定感、そして大きな安心感。

それらを手放したくなくなっていた。

離れたらこのすべての平穏要素がなくなってしまうことへの不安が大きかった。

 

だらだらと甘えてしまった。

でも大丈夫、今の私にはほかに安心をくれる人がいるんだから。

「あなた」しかいないと、そう勘違いしてから盲目になってしまっていたけど、

そんな勘違いとはお別れしよう。

今ある、「あなた」が与え続けてくれた安心感を手放す勇気を出してさ、

少しずつ手放していこう??

 

ダメダメ人間させてもらってます…

 

ダメダメすぎる。

2か月会ったはずの夏休み。

気が付けば終わっていた。

秋学期が始まった。

みんなと会えた。

フランス語は忘却呪文にかかってしまってて

本当にもったいない過ごし方をしてしまった。

 

私は大学で何をしたかったんだろう。

 

沢山の人と交わって、発見の毎日で、

もちろん大好きな英語はペラペラになってて、

話せるようになりたい中国語と韓国語は着実にマスターしてって、

漠然と憧れのあったフランス語に注力して、

興味のあった教育問題とかジェンダー問題についての理解を深めて、

心理学やデザイン系、資格系にも手を出して、

こんな仕事をしてこんな人たちの役に立ちたいなって想像して、

先輩方からありがた~いお話を伺って、

っていう行動力おばけ大学生を目指していたよね、そういや。

 

何してんだ私。

どれもなんにもできてないじゃないか。

むしろ語学は衰退していってて、

学問に関してはむしろ消極的で、

将来への漠然とした不安と焦燥に駆られて、

全然アクティブじゃなくて。

 

周りから見たらね、頻繁に東京行っててすごいねぇって

アクティブだねぇってなるのかもしれない。

でも全然そんなことなくて、ふたを開ければ遊んでるだけで、

だからといって遊びに全振りできてるわけでもなくて、

中途半端な大学生活を送っている。

 

今学期こそは!と思いつつも、15週間頑張るってこともできなくて。

2年の秋学期も始まって1週間が経つが、すでに頑張れていない。(頑張ろう!ともしなかった…)

 

両親からの多額の投資を経て、作り上げられたのがこんな私なんだから普通に申し訳なくて合わせる顔がない…

 

もっと実りのある大学生活を送らないと!!

バイト頑張るなら頑張る。

就活に向けて頑張るならそうしよう。

遊びに集中するなら全力で。

何か新しいことを始めるなら今しかない。

 

迷うなら全力で迷えばいい。

ただ、時間は有限だから、同じ「迷う」でも

ちゃんと迷おう。

考えて考えて練って練ってそれから結論を出すって過程を「迷う」って言いたい。

「どうしよう、どうしよう」って口だけで迷うのは簡単だしやってきたからさ。

綺麗に棚に飾っておこうか!

 

沢山の思い出とたくさんのはじめてを本当にありがとう!!

 

「あなた」と一緒にいられる、ただそれだけで満たされて、

「あなた」が幸せそうにしてくれる、ただそれだけで嬉しくて、

「あなた」が撮った写真をみるだけで思い出して笑顔になれて、

「あなた」が辛そうにしているのを考えるだけで隣にいたくなって、

「あなた」がしんどいって聞くと何か助けになりたくなって、

 

ずっとずっといつもいつも「あなた」に会いたくて、

会って隣にいてほしくて、笑顔でいてほしくて、

辛くてしんどいときは「あなた」に励ましてほしくて、

 

私の大好きな「あなた」のことを

「あなた」自身がもっと大切にしてほしいって思ってて、

本当に尊敬してて、憧れでもあって、すごいなぁの連続で。

 

常に誰かのために何かをするって気持ちと行動で溢れてて、

子どもだけど大人で、本当に居心地が良くてね、

私のことをよ~く知ってくれてるからそれだけで安心できて、

だからこそたくさんの予防線を張って見守ってくれて。

 

いつも私に選択権をくれてさ、

選べない私に腹を立てながらも考えてくれて、

ダメなところははっきり言ってくれて。

 

私も嫌なところは嫌ってはっきり言えるし、

そう伝えると改善してくれてさ、

特に「ありがとう」と「ごめん」はお互いに

子どもで頑固で意地っ張りで素直じゃないから壊滅的に言えなかったけど

指摘すると最近はたくさん伝えてくれて、

指摘したから私も改善しないとって思って伝えられるようになってさ。

 

写真を撮るのが大好きで、全部全部その時の思い出として残ってくれるから

些細な事にもカメラを向けてたし、

大好きな「あなた」を収めようとカメラを向けるのはいつものことだったのね。

 

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でも最近気がついたんよね。

 

私は「あなた」の前で、「あなた」と一緒にいる時間に

写真を撮るのがこわくなったの。

 

好きなもの、好きな人、好きな風景、些細な日常…

それらを写真に収めて振り返る、そんな時間が大好きだった私がね、

気づいちゃったんだけどさ、

写真を撮るのがこわくなったの。

 

「あなた」との思い出を作るのがこわくて、辛くて、

楽しいはずなのに、嬉しいはずなのに後ろめたくてさ、しんどかった。

 

だからどこに行きたい?の質問にはうまく答えられなくてさ。

一緒にお出掛けする日 を作るのもこわくなった時期があってさ。

一緒に行きたいとこなんて山ほどあるのにさ、

あんなことしたい、こんなことしたいってたくさんたくさんあるのに、

でも「あなた」とそこで思い出を作ってしまったらってこわくなるの。

 

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そんなことを知る由もない「あなた」は呑気に写真を撮るの。

 

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私は全力で私の気持を「あなた」に傾けてて、

それがいかに愚かで馬鹿なことなのかって周りがたくさん教えてくれた。

そんなこと、周りの誰よりも私は知ってたの。

 

でも今の自分がそれで幸せで、満たされているのなら、

誰の意見に従うよりも、今の自分を尊重しようって思った。

 

だから盲目に気持ちを傾け続けたのね。

 

でも、それももうやめる。

今の自分でさえも幸せじゃないってことに気が付いたから。

 

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これまでの「あなた」との思い出は綺麗に棚に飾っておこうか!

埃が被ってしまうくらいにそのままにしておきたいけど

まずは丁寧に掃除しながらでいいからさ。

 

思いやり欠如注意報

 

最近自分の無能さ、非常識さが際立つ場面が多い。

私には謙虚な姿勢と思いやりの気持ちがめちゃくちゃに欠如している。

 

ぜーんぶ自分勝手で自己満足を追求してしまう。

 

与えてもらうのを当たり前に思ってしまって

いつしか気が大きくなった自分は誰かを傷つけてしまう。

 

誰かを傷つけて初めて、ああああああああああ自分って何なんだろほんとに…

って自己嫌悪に陥る。

 

この連鎖、かなり定期的にしていてそろそろ学べばいいのにって思う。

 

 

 

私ってかなり人を許容するストライクゾーンが狭い人間。

意外にも世渡りが下手な部類。

 

広く浅くの人間関係がとてつもなく苦手で。特に「浅い」人間関係が苦手。

「大学生」としてはかなり痛手…笑

人との距離感を計るのがどんどん苦手になっていくのが感じられて

最近の自分が物凄く嫌い。

 

人から好かれようと思わなくなった途端、本当に周りがどうでもよくなって、

雑になるのが本当に私の短所だなって思うけど、なかなか直せない…

 

 

 

最近、SHE’Sにドはまりしてて、そのきっかけを作ってくれた曲をヘビロテしてる。

それが「Letter」って曲。

別れた男女が互いを想っているのに離れることになってその後悔を綴ってる感じ。

 

Aメロのサビ

「僕らは大切な人から順番に 傷つけてしまっては 後悔を重ねていく

それでも愛したり 愛されたいと願っている

あなたを守れるほどの 優しさを探している」

 

Bメロのサビ

「僕らは信じたい人から順番に 疑ってしまっては 自分を嫌っていく

それでも触れたくて 心の奥へ歩み寄る

あなたを覆い隠すほどの 切なさを知りたくて」

 

大サビ

「僕らは大切な人から順番に 傷つけてしまっては 後悔を重ねていく

それでも立ち籠める 霧の道を進んで行く

あなたを照らせるほどの 優しさを探している」

 

これが沁みて沁みてズーンってなってる。

大切にしたい人たちを大切にしたいのに、

なぜかいつも傷つけてしまっているような気がして

いつかその大切にしたい人が私の周りからいなくなっちゃうんじゃないかって思って

すごくすごくこわくなる。

 

 

▼ボーカルの井上竜馬さんの「Letter」セルフライナーノーツ

人と人は、全員に個性や思考があり、全員が違う距離感を求めあう。

傷つけずに、傷付かずに居たいけど、愛しているから、知りたいから。

心を開いて歩み寄り、その距離が近づけば近づくほど、ぶつかったり傷つけたり。

大切に思えば、信じたいと思えば思うほど、逆の感情が生まれてしまうこともある。

だからこそ愛している人とは誠実に向き合い、それぞれの着地点をずっと探していかなければならない。

 

 

このSHE‘Sの「Letter」についてNoteで書いてる人がいて、共有したいなって部分をもってきた。(著作権…よくわからんから…要約しておく)

 

「大切なものほど少しめんどくさい。だって新しい関係性を築くときはいつだって力を籠めなければいけないから。僕たちは何度も自己紹介をして、好きなものや嫌いなもの、したいことやしてほしくないこと、行きたい場所や行きたくない場所についての話をして、ともに歩く努力をすること。時として大切な人を傷つけてしまうけれど、大切に思えば思うほど、信じたいと思えば思うほど、傷付けてしまうこともあるよね。」

 

 

ああああああ確かにってなった。

みんなそれぞれの考えがあるうえで行動していて、その考えはその人のこれまでの人生で形作られてきたものであって環境だったり関わってきた人だったり経験した習い事だったり、本当に色々な要素の総傑作が「今のあなた」であって、その経験したタイミングも順番もバラバラだから間違いなく誰もが唯一無二の存在なんだって思う。

 

いくら仲が良くても譲れない部分はあるだろうし、意見の食い違いだって起こる。当たり前のこと。

だけど、あなたが大切な人だからこそ、尊重したいと思うし、理解しようとするし、妥協点を探そうとする。その過程で大切な人から順番に傷つけてしまう。

 

 

どうでもいい人だったらその「傷つける」過程までいかなくて、

傷付けてしまう、って段階にいる時点でほんとに大切にしてるんだって

そう思えるようになってから、もっと愛情が溢れてくるようになりましたね。笑

 

あああああああああ久しぶりに語れて楽しかった!

はじめに言いたかったことと終着点が全く違ってて意味わからんけど

最後まで読んでくれてありがとうございました!!

 

自己嫌悪に負けず、強く生きていきたいと思います!

おわりっ!!

節目

 

遂に二十歳になりました~!!!

 

節目ごとに振り返ることをこれまで怠ってきた私ですが

さすがに二十歳の節目は無視できないなと思って

書いてみることにしました。(笑)

 

 

二十歳のお誕生日はすごくすごく幸せいっぱいで満たされました!

大好きな友人と一緒に過ごせて幸せだった~~~!!ありがとう!!

たくさんメッセージもほんとに嬉しかったし、プレゼントもめちゃ嬉しかった!!

愛情感じた~~!!!!本当にありがとう!!!

 

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19年間を生きてみて自分の「大切にしたいこと」「判断基準」「価値基準」

つまり「自分軸」が少しずつ定まってきたなと感じます。

 

多分まだまだブレブレの軸だと思うし、

これからも定まりきることはなくて

どんどん変化していくんだろうと思っていますが

それでも数年前の自分軸よりもブレない軸ができているのは確かです。

 

 

これまでの経験や人との出会いと関わりなど私の人生にまつわる全部の要素が

今の自分を形成しているって考えると本当に感慨深いというかなんというか。

ほんと、「人生に無駄なし」だなぁって思いますね!

 

変なところ頑固な私ですが、どんな道に進もうともいつも味方してくれて

応援してくれた両親がいたというのも本当に幸せなことだなと思います。

 

もちろん、反抗したり反対されたりしてやりたいと思ったことができないこともありましたが、それでも両親はほとんどの「やりたい」を尊重してくれました。

 

両親を馬鹿だなぁだなんて思っていた生意気娘の時代もありましたが、振り返ると自分の人生経験から語る両親の話は私の価値観とか人生観とかに大きく影響しているなと思います。

 

 

 

私は頻繁に自分のことを認めたくなくなるし、消えてなくなってしまいたいと思うことがあります。自分のことが大嫌いになって自分のことを心底嫌なやつだと思うことがあるんです。

そんな瞬間があるにもかかわらず、のうのうと生きていられるのはみんなから受ける愛情があるからです。

 

私が好きになれない「私」も含めて私ことを好きでいてくれる人がいて、

困っていたら手を差し伸べてくれる人がいて、

元気にしてるかなって気にかけてくれる人がいて、

会いたいって言ってくれる人がいて、、、

幸せだな~って思います。

 

多くの人はそうだと思いますが、

誰かから必要とされたり、認められたりすることで

自分の存在意義を見出しがちじゃないですか。

 

確かにそういう瞬間ってあっていいと思うし、

ないと本当に自分がいなくなってしまいそうだからあってほしいんですけど

誰かしらが常に自分に関心を持ってくれている、だなんて

そんなことってなかなかないと思うんです。

 

それぞれの大切にしているものは違うし、

今、重要視しているものは別にあるだろうし、

そもそも自分の生活があるのだから

常に誰誰を気にかけている暇なんてないんです。

たとえそれが恋人や家族であっても常に誰かの一番に降臨している、なんて状況ないはずなんです。

 

でも自分のことを好きでいてくれる人がいて、

会いたいと言ってくれる人がいて、

ごはんの約束をする人がいて、

何気ない他愛のない話をできる人がいる。

 

信頼できる人がいる、支えてくれる人がいる、

応援してくれる人がいる、励ましてくれる人がいる、

必要としてくれている人がいる、認めてくれる人がいる、

こーんなにも幸せなことってないと思うんです。

 

人の気持ちって移り変わるし、不安定だと思います。

でもほんの数人、こういった人たちと出会って繋がって色々を共有して…

愛情を送り合える存在がいることがひとつの大きな幸せだと思っています。

 

 

この節目を迎えて、私はたくさんの人から愛を受けているんだなって改めて思ったし、

私ももっと愛を送ることのできる人になりたいなと思いました。

 

 

 

二十歳になった自分にはたくさんたくさん期待したいと思います。

新しい挑戦もしたいし、新しいつながりも増やしたい。

これまでの繋がりをもっと太く強固なものにしたいし、

なにより自分の関心事にもっと積極的な姿勢で取り組みたいです。

 

全部抽象的な目標で軸がブレるんだろなってのがバレバレですが

その都度、やりたいことに向かって全力を尽くしていきます。

 

 

 

私の周りの愛に溢れたみんなの力を最大限にお借りして、

溢れんばかりの経験と思い出を刻んでいきたいですね!

 

 

 

素敵な大人になります!

 

 

 

ps. おめでとうメッセージ、たくさんありがとうございました!大好きなお手紙もいただいて、本当に嬉しいよ~!宝物にする~!!これからも子どもっぽい私をどうぞよろしくお願いします。呆れずにちゃんと付き合ってください、お願いします!大好きだよ~!!

 

執着心

希望を持って毎日を過ごすために

執着しないことと

諦めないことの線引きはね、

「本当に諦めたくないことかどうか」なのよ。

 

人生、これだけは諦めたくない

ということまで手放さなくてもいい。

それが希望だから。

でも、希望を持つには痛みもともなうの。

だから、本当に諦めたくないこと

だけにしておきなさい。

 

 

『【精神科医が教える】執着心を手放すたった一つの線引き』

と言うタイトルの記事にこう書いてあった。

 

 

私、結構執着心がある方の人間で、

要らなくなったものも捨てられないのはこのせいでもある。

 

一度ほしいと思ったものは手に入れるまで欲しいって言い続ける。

 

人においてもそうだ。

一度大好きになった人からは絶対に離れたくないと思うし、

その人と過ごした時間は綺麗な入れ物に入れて飾っておきたい派だ。

 

必要以上に相手に固執してしまうというのは私の短所だと自覚済みだ。

 

 

 

執着とは;

ある特定の物事に囚われてしまうこと

 

 

らしい。もともとは仏教の言葉だそう。

 

囚われがちだ。

誰かにこう言われればそうだと信じ、それが真理だと勘違いする。

 

自分の考えはどこだ?と途中で気づくがそれまではただ

「あの人がこう言っていたんだからこうに違いない」

と思い込み、それが正しいと信じて考えを横取りしてしまう。

 

その「誰か」の考えに固執して一向に新たな考えを取り込もうとしないのも

私の短所のひとつだ。

 

別の人がこう言ったからじゃあこうじゃないか!となることも多い。

ああ、自分ってどこにいるんだろうって思うけど

でも次はその納得した考えに固執するようになる。

 

 

「執着」の定義が少し難しいが、

とにかく私は執着心がすごい。

 

 

 

執着することと諦めないことの違いはなにか。

執着することはそんなに悪いことなのか?

むしろ大切にする一途であることの裏返しなのではないか、

こう思っていた。

 

 

「本当に諦めたくないものかどうか」

この基準を自分の中で持つことで、

私の執着心が少しでも落ち着けばいいなと思う。

 

 

諦め癖もある私だからこそ、

それでも譲れない!と言えるものがあるのかどうかは若干不安だが

なかったとしても新たなものを迎えるために

容量を整理する機会として思い切って取捨選択をしてみようと思う。

 

 

 

 

 

つれづれなるままに~~

さーーーーーーて

 

長いことお休みしていたこのブログ

 

そろそろ再始動します~!!

 

 

心が安定しないときになーんにもしない時間ばかり過ごしてると

もっと不安定になります。

 

わかっているのにいつもその悪循環にはまってしまう、、

そろそろ学びます。

 

立て直しも兼ねて!つれづれなるままに!

最近の話をしていきたいなと思います!

 

 

2回生になってから対面での授業が急増して

大学での知人が多くない私は悲鳴をあげながら通っています(笑)

 

私の学部は1回生の終わりに言語を選んで、2回生から第二外国語の学習が始まるんです。

 

で、私は第二希望で出していた「フランス語」に決定しました!!!

 

幸いにも、自信をもって友達って呼べる友達と同じクラスで、教室へ行くと顔見知りが何人かいて!

週に3回、フランス語の授業があって、そのうち2回は日本人の先生、もう1回はネイティブの先生が担当で、特に日本人の先生のクラスの作り方が好きで!!

毎回席がランダムで、グループワークたくさんで、ちゃーんと友達もできて!

フランス語、難しいからうちでは不人気言語なんですけど、すごく楽しくやってます!

 

週に3回も顔を合わせるし、席も毎回違うからどんどん知り合いが増えていくんです。

 

教室に入って黙って席に座ることが多かったのに最近はおはよーって言って席につくようになって、学生してるな~なんて思います。(笑)

 

こんなこと、去年は本当に少なかったから嬉しくて。

 

数年前の学生からしたら当たり前のことだったのかもしれません。

1回生からずっとそうだったのかもしれません。

でも私は2回生になって、初めてこの感じを経験していて、

心底嬉しいです!!(1回生の頃から言語があればよかったのに。)

 

 

これまではとことん東京に入り浸って、

東京のコミュニティで全力で頑張ろうとしていました。

 

でも2回生からはもっと自分の関西にあるコミュニティで活躍しようと思っています。

もっと現実的に、もっと躍動的に。

 

東京のコミュニティに身を置いたことに関しては全くもって後悔していません!

むしろ、そう決意したからこそ得られたことがあまりにも大きく、

貴重な経験をしているんだなとつくづく思います。

 

ただ、もっと関西のコミュニティにコミットしておくべきだったという反省点は拭えません。

自分の所属しているところの人たちとの関わりって

大学生のうちに得られる最大の財産だと思っているからです。

 

ひとつのコミュニティに入り込んでしまうことなく、複数のコミュニティにしっかりを身を置いておくことが大事なんだと学びました。

 

 

だからとりあえず、今学期の目標は関西の自分の大学のコミュニティで活躍すること

そして、もっと自分の視野を広げるために活発に行動することって決めました!

 

残り少ないモラトリアム期間!

自分なりに精一杯堪能したいと思います~!!!