avectoi17’s blog

関西の大学2年生!私の思惑ブログ。

ットネリョガ

時間は流れる

長いとしか感じていなかった1日を振り返ってみる

本当はすごく短いのに あの時は気づかなかった

 

ただやり過ごしていたものたち

今日に限って やけに恋しくなる

戻ることのない美しい思い出たち

 

手首で流れる血のような時間

想いでは流され いつの間にか広い海に

過去も今も 流れているのは同じなのに

 

掴めなかったものへの後悔が残る

大人になるにはまだ早いみたいだ

いや、なりたくない

多分甘えてるんだ

 

先の見えない日々は

掴めずに流れ続けてくる

この時間に身を任せたまままた流されていく

 

常に流れていく 大したことのない出来事の中で壱〇離れてしまった君が

辛いときは僕に寄りかかって

ゆっくりと重い足取りで歩いていた君が

いつの間にか思い出になった

喜びも悲しみも

 

全て戻ってきてほしいと願うのは

いけないことなのかな

 

私の好きなDrift Awayというセブチの曲。

 

一日は長いし、辛いときは終わりがないように感じて、真っ暗になる。

でも時間も自分も全部流れてく。

気づいたら、振り返ってみたらなんともなくて、なんであの時はあんなに感情的になってたんだろうって不思議に思うくらいに流れてく。

 

すぐ流されてって、なんともなくて、

嬉しいことも悲しいことも辛いことも全部常に流れてくの。

気づいたら思い出になってんの。

こんな当たり前ででも辛いときは見えない現実を歌にしてくれてるのが素敵…

 

どんなに辛いことがあっても悲しいことがあっても、

時間が流れるといつしか思い出になってて、

そんなこともあったなぁなんて呑気に振り返って懐かしく思っている自分が想像できる。

 

時間が流れるのを待つしかないよね。

間に合うかな。今回は間に合わない気がするんだ。

間に合わせたいけど、そういう時に限って時間の流れはゆっくりでさ。

 

早く流れてくれればいいのに。

いつまで続くんだろう、この辛い期間は。

ここでいくらSOSを出したって私を守れるのは私だけで、

なんの助けにもならないのはわかってるけど

弱音を散々吐いても、愚痴をいくらこぼしても、

それでも残り続けるモヤモヤと日々戦ってる。

 

終わりが見えないからこそ吐き気さえするし、頑張り方もわからなくなってしまって、前を向こうとする自分と後ろに進もうとする自分が必死に行き違いを起こしていて。

体調不良どころか調子が悪い。最悪だ。

 

1か月で間に合うのか。不安しかない。

 

不安不安と発言するから余計に不安になるんだろうけど、もっともっと不安になってきて、もうどうしたらいいのかわからん。

時間が流れるのを待つだけ。

こんなこともあって、自分も成長できた、そう言える日を待つことにする。

 

お願いだから1か月で足りてくれ、間に合え。

言語化を諦めないでよかった

たぶんきっと誤解があるんだろうなと。

どこかに絶対しこりがあるんだろうなと。

でも探らない、その方が穏便だから、表面上は。

そう思って飲み込んで我慢して、言わないで自分よりも相手を優先することにした。

いや実際は自分を傷つけないための自衛だったのかもしれない。

 

ある程度までは言語化した。

たくさん考えて話す中で、何の感情なんだろう…とふと考えた。

一番あったのは「悔しい」だった。

悔しかったし残念だった。

多分わかってくれてるとか多分知ってくれてるとかそう信じていた自分がいたから

他人に期待しないって決めた私が唯一、信じることをやめなかった人に期待してしまったから。

 

どこまで言語化したか、というと自分の感情全てと自分の感覚、自分の自負する部分と今の状況整理。そこまでだったかな。

これからどうするべきか、って部分は答えはわかってたから、でもそうしたくなくて言語化を諦めていた。どうするべきかが定まらなかったら(認めなかったら)先に進めないことも、道筋を立てることもできないことはわかっていたけど、でもどうしてもそうしたかったのにも理由があった。

 

その人を大切に思っていたからこそ、その人のことをよーく知っていたからこそ、

自分なりの信念があって、守りたいことがあって、

だからこそ「これからどうするべきか」という結論を認めたくなくて見て見ぬふりをしたくて、言語化をやめた。

 

どうしたらいいのかってわかってた。最初から分かってたんだ、全部言えばいいってこと。

 

言わなくてもわかると思ってしまっていた部分はあったし、言わなくて分からない部分はわからなくていい!って少し意地を張ってしまっていた部分があって。

 

中途半端に言語化し始めると、もっとよくないのもわかっていたけど、そこで1度は諦めた。伝えたくなくなったというか、伝えようって気持ちが減っちゃったから。

でもよくないなって思って、また言語化を始めた。でも受け入れられなくてつい話す気がなくなったと言ってしまった。言語化の放棄は本当によくないし、聴くことの放棄も絶対ダメだけど、そのときはむりだった。聞き入れたくなかったしそれを受け入れるだけのキャパがなかったから。でもそれもよくないなって思ってまた言語化をした。

 

物凄く丁寧に言語化してくれたから、聞いてみようって思えた。

そんな相手よりも私は自分が諦めなかったこと、進もうと踏み出し続けたことに対して自分をほめたいと思う。

逃げ出さず、諦めず、言語化を続けたからこそ、こう状況を変えることができた。

 

板挟みどころか四面楚歌状態で孤独で死にそうでプレッシャーとあれこれとで潰れそうなところに信頼できる人からも背中を向けられた感じで本気で真っ暗だった。

1週間毎日泣いた。多分普通に生きてる間の4か月分くらい泣いた。

人間らしくていいじゃない、そう思うことにした。

感情を持つことを放棄したいけれどそれも人間だからそう思えるだけで。他の動物はしらんけど。

 

何とか頑張れそうだけどまだその時じゃない気がしていて、でも日程だけを見ればそろそろ頑張らないと間に合わなくて。なんもやりたくないし、本気でやっぱモチベは低いままで、正直全然乗り気になれなくて、不安でしかなくて、心の底から全部放り出したい気持ちは消えなくて、本当にそんな自分にもがっかりするしみんなにも申し訳ないし、でもうまくやれる自信が一気になくなった。大丈夫なんか。

 

本当にうまくやってけるのか。私は不安でしかないし、この不安感を拭う方法が全く見当たらなくてびっくりしてる。その終わった先に誰とご飯行こうとか考えて何とか気を紛らわせてみる。東京でのご飯が楽しみになってきた。

 

私が抱えてることが、ひとりで抱えるには重すぎる。

分けたいけど分けてくれる人が見当たらない。

この人に言っても仕方ないよなってことしかなくて。

抱えるしかなくてしんどい。

吐き出したとて快方には向かわなかった。

 

果たして私は幸せになれるんだろうか。

疑問と不安としか残らない。

そんな状況で頑張ろうって言えるんかな。

私にはそんな自信はいまのところない。

でも頑張るしかないんだ~そんな道しかなさそうで、どっからどう見ても頑張ってみるっていうしかない状況が出来上がってしまった。

八方ふさがりだ。

 

いっぱい笑かしてくれて、私のゆっくりな言語化を待って聞いてくれる人がたくさんいるから、今日も前見ようって思える。今はそれだけでいっぱいいっぱいかも。

もうちょっと大人になってもうちょっと自分のキャパを増やせたらななんて思って今日も生きてみる。

 

言語化を諦めないでいようっていう信念を持ってて、それに従って頑張って生きてみて本当によかった。次のフェーズも頑張ろう。

 

つかれた!!!

 

12月1月で頑張ってきたあれこれが全部無駄になった~~

ってなって本当に精神が全部崩壊しそうになった。

 

悔しさと悲しさと怒りと疲弊が全部一気に襲ってきて

本当に頑張る気力もなくなって頑張りたいこともたくさんなのに頑張りたくなくて、

全部放り出したくて、全部全部私の生活から排除したくなるくらいには本当に嫌になったし、頑張る希望みたいなのが全部閉ざされたように感じて5階の自室から飛び降りたくなるくらいには本当に病んだ。

 

でもでもでも、私にはそう「しんどい」「辛い」「やめたい」「苦しい」「大変」「悔しい」そう、言える相手がいる。

そう吐き出せる人がいるだけ本当に幸せで、それをそのまま受け取ってくれる人がいて、よく頑張ってるよって認めてくれる人がたくさんいて、それだけで頑張ってきてよかったって思った。

 

私の頑張りがあっていたのかどうかはわからんけど、私は合ってると思って信じて疑わないけど、でも私なりに頑張ってきたのは自信を持って言える。

 

「頑張ってきた」そう胸を張って言える私自身を認めてあげたいし、よくやってるよって声をかけてあげたい。

 

 

あの先輩は電話繋げるとずーっと話を聞いてくれて、号泣したり大爆笑したりって寝る時間を惜しまず付き合ってくれて、結局深夜2時から始めた電話を朝の5時半に終わらせてしまうほどにお世話になった。

悔しくて悔しくて全部全部悔しくて、本当に悔しくて仕方なくて、それと共に悲しいし辛いし、どうしたらいいのか本当に先が見えなくて困っているところだけど、たくさんの人が助けてくれて、たくさんの人が話を聞いてくれて、少しでも先を見えるように手を差し伸べてくれて、頑張りを認めてくれて、すんって楽になって心が軽くなって、「頑張れない」が減って「頑張る」を増やす余地を作ってくれて。

 

だからその「頑張れない」が減った分、「頑張る」を増やすべく、なんとか自分を鼓舞して隙間を埋めるかのように「頑張る」への意欲を掻き立てているところ。

 

普段お酒飲まない私があれこれ考えて書いてるうちに3缶をあけてしまったくらいには思い病んでしまったけれど、それでも頑張る理由は確かにあって、私が頑張らないととも思うし、それだけじゃなくてなんとかうまくやりたい、その思いがいっぱいで。

前回できなかったことをしっかりとやりたいし、各々がやりたいことをしっかりと実現できる環境づくりをしたいし、全員が高いモチベーションを保ってポジティブな気持ちをもって参加できるような、そんなところにしたいっていう自分の軸は今も変わらないからこそ、だからこそ、全力で頑張りたい。手を抜きたくないし、自分の都合だけで動きたくない。

 

頑張るし、めっちゃ頑張るし、まだまだ頑張れる余地はあると思うし、私ならまだやれると思ってる。自分を信じて、限界突破のちょうどよいタイミングだなと思えるようになってきた。

 

間違いなく前を向けた。

あとは頑張るだけ。

エネルギー切れになりながらでもいい、全力で頑張る。

休んでもいいし、一回止まってでもいいから、頑張り続けたい。

頑張り続けたいんだ。

 

ここで頑張った!!あれとこれとね!って言えるようになりたい。

その未来を思い描いて、みんながここに来れてよかったって思えるように、あっちこっち頑張るって決めた。

投げ出したいし、本当に全部放り出したいけど、でもそれでも頑張りたいって今思えてる。ちょっとは大人になれたかな。

ひとつの学びだよね、うんがんばる!!!!

他人に期待しすぎない

誰かに何かをお願いして、そのお願いを叶えてもらえなかったら…

裏切られた、そう思うはず。

 

でもこれって実は、自分が勝手に相手に対して期待していて、

相手はただそのままなのにもかかわらず、自分が設けた期待値を越えなかった。

ただそれだけなんだなって思えるようになった。

 

そういうブログを過去に1度書いた。

 

 

 

そういう風に物事を捉えられるようになってから、私はできるだけ意識的に「他人に期待しないよう」にしてきた。

 

やってくれないのがあたりまえ、そう思って色々やってきたわけだけど、やっぱりたまには認めてもらえないと私なにやってんだろってなるわけ。

私に味方はいないのか??と不安になる。

そして、そんなマインドだけじゃ継続できないわけで…

 

そして、やっぱり誰かを信じたい気持ちはたくさんあって。

「期待する」と「信頼する」はどのくらいの距離があって、どんな関係性があるんだろうってよく考える。

 

信じたい気持ちと期待しないって気持ちとがいつも葛藤する。

 

この人ならやってくれると「信じて」全任するってときに、やってくれないかもしれないって不安と、実際にやってくれなかったって事実が残る懸念とがしんどすぎて、普通に信頼関係ってどこにもないんだろうななんて冷ややかに思ってしまうことがある。

 

それでも誰かを信じたくなるのは他力本願な自分の性格からなのかな…

 

 

 

期待した結果、思うような状態にはならなかった場合に期待した自分にがっかりするし、同時に期待した相手への信頼感も失う。

 

そんな残酷な人間にはなりたくないけれど、私は周りの人が思ってるよりももっともっと弱い人間なんだろうななんて思う。

 

もう少し強い人間になれたらな。

他人への期待値を下げることができるかもしれないし、期待値を超えてこなかったからと言って容易に信頼度を下げてしまうこともないんだろうななんて。

 

以前の私より今の私の方が「他人に期待しすぎない」を実践できているからそれだけでかなり心に余裕ができた気がする。

その出来た心の余裕からもっと自分の直さないとなって部分が目立つようになって、そんな自分の短所を認識するたびにはあってため息をつきたくなるし、目を逸らしたくなる。

 

目を逸らさずしっかりと諦めずに立ち向かっていきたい。

 

そんな強い人間になりたい。

 

 

恋しさ

行ってはいけないのに

行きたい道がある

 

会うまいと思っていても

会いたい人がいる

 

してはいけないと言われると

もっとやってみたくなることがある

 

それが人生であり恋しさ

まさに君だ

 

こんな詩がある。

私はこれまで「恋しさ」とは会いたいという気持ちそのものだと思っていた。

その対象は人に限られるとも思っていた。

 

この小さな葛藤が人生であり、恋しさなんだなと。

そしてそんな小さな葛藤こそが君の存在そのものを指すんだなと。

 

その「君」と「あなた」を勝手に重ねてみる。

ああ、これは恋しさだったのかと、納得できそうでできない、そんなモヤモヤがただただ私の中に残るばかりだった。

 

詩ってやっぱよくわからんし、結局はモヤモヤすることが多いんだけど、でも詩だからこそその誰かの言葉に触れることの素晴らしさを実感することができる。

 

 

ここで

「愛しさ」と「恋しさ」

これって何なんだろうってふと思ったので軽く検索…

 

「愛しい」「相手に対してかわいい、守ってあげたいと思う気持ちのこと」です。

「恋しい」「相手に対して強く引かれ、会いたいと思う気持ちのこと」です。

と出てきた。

 

相手に対して魅力を感じ、守ってあげたい、会いたい、と思うようになったら、それは恋愛ってなるのかぁと。

人間って難しい。定義づけられない「こころ」の問題を言葉で解釈しようとすると頭の中が急にぐちゃぐちゃになる。そんな無駄なことを考えるのはよして、心の赴くままに進めばいいのにね、とも思う。

 

それだけが恋愛じゃないんだろうけど、多くの場合それが「恋愛」なんだろうなと。

ああああああああああああむずかし。

 

今は一旦「恋愛」はいらないので、誰かに対して魅力を感じる心を育てていきたいと思いました。

今日のつぶやきはここまで!!!!

新成人

2023年1月9日に成人式に参加してきた。

 

なにより、受験がおわってすぐ振袖の予約をして2年前から決めていたお気に入りの振袖にようやく包まれて、みんなにお祝いされながら成人になったんだと実感するハレの日になった。

 

なんだか結構呆気なく終わってしまったが、小学校の時の友人や、中学生の時の地元の知り合いとも無事に会うことができ、中高を共にした友人と会えたのもなかなかに嬉しかったが、なんか今日会うのが人生で最後になる人もいるんだろうなと思うとかなり感慨深かった。

 

18歳になった時から投票権をもって成人だったし、2021年5月の時点で20歳にはなっていたため、「新成人」との言葉には疑問を感じずにはいなかったのですが、それでも「成人式」とは良い響きで。

 

世間からようやく認められて、はたちを実感しました。

 

よく、「自由と責任は紙一重という話を聞かされますが、一応そこに異論はなくて。

ただそう聞くと「自由」に制限がかかるような感じがして好きじゃない。

 

確かに責任は伴うけれど、私はそれよりも「自由」という言葉にもう少し、ワクワクしたい。

 

こんな新成人、本当によくないんだろうけど、地に足をつけていないとだめなのはわかっているんだけど、それでも私はやっぱり「自由」という言葉にワクワク感を追加したい。

 

私は幼少期から「やりたいことをやらせてあげる」という環境で育てられてきていて、やりたい!と言ったことを基本的には否定されず、やってみれば?となんでもやらせてもらってきました。

 

というか相談なしに始めてしまっていたというパターンが多かった…(笑)

それでも両親は私のやることなすことすべてに賛同してくれて、応援してくれて、反対を押し切っての決断をも結果的には尊重してくれた。

 

本当に感謝してもしきれないほどのことをこれまでしてきてもらっている。

ずっと自由奔放に生きてきたが、大学生になって一人暮らしを始めて、これまで両親がやってくれていたことを自分でもやるようになって、自由も大変だなと。

 

でも、自由だからこそ、身軽だからこそ、本当に何でもできるんだなと思う。

一人暮らししていなかったらきっと私はめちゃくちゃにインドア派だったと思うし、東京に一人で行こう!なんて思ってもいなかっただろう。

お金は毎月の仕送りとバイト代で、家賃や光熱費、水道費や通信費、食費から医療費、娯楽費などを賄っており、自分でやりくりしている。大変というか、かなりだらしないが、意外となんとかなるし、本当によくないけど意外と生きていける。

こうやって一人暮らしを始めたからこそ、人と一緒に住むことで感じていたストレスから解放されたし、堕落してしまう部分もあるけどフッ軽になってより広い世界を見ようと行動で来ているなという感じもしている。

 

「責任」はあるんだろうけど(たぶんここはだらしなくなっちゃだめなところ…)私は「自由」を得たからこそ見ることができた新しい世界にワクワクしている。

 

留学したい、とか海外に行きたい、とかやりたいことはたくさんあるけど、なんのために?というのを問い続けて生きていきたい。

「自由」の身だからこそ、今できること。

大学生という枠にとらわれず、もう少し計画力をもって実行していきたい、とこの節目に思った。

 

Circles(돌고 돌아)(まわりまわって)

最近なんか一生聞き続けたくなる曲がある。

 

CirclesというSEVENTEENの楽曲だ。

 

超絶聞き心地の良いバラード調の曲調と安定的なセブチメンバーの綺麗な歌声と、子どもたちのピュアな歌声と本当に美しい韓国語の歌詞(私でも要所要所で聞き取れるような簡潔な詞)とで本当に大優勝なので一回聴いてほしい。

 

youtu.be

 

日本語訳付きのやつ載せておく…

 

 

 

冒頭から共感の嵐でね、

ー---------

나는 어디로 걸어가는지

무얼 찾아 이리 헤매이는지

 

한껏 울고플 때 하늘 가까이로 가곤 해

아무도 내 눈물 못 보게

ー---------

→僕はどこへ向かっているのか

何を探して こんなに彷徨っているのか

 

思いっきり泣きたいとき 空の近くへ行ってみる

誰にも涙を見られないように

ー---------

 

空の近くへ行ってみたことはないんだけど、ふとした瞬間に今どこに向かってるんだろうって、私はどんな人になりたくて、どんなことをしたくて、何をしているんだろうって現在地も目的地も何もかも分からなくなる時がある。その過程さえも分からなくなる。

 

3行目からは多分別の人の人生のお話なんだ…(想像)

こんな人もこんな人もいるよって。

僕はこうで、僕はこうなのってそういう冒頭なんだと思っている。

 

ー---------

목소리도 나오지 않는 많은 날을 숨 쉬고 있지만

서로에게 건네어 나눈 마음의 소리로 그날 위해 용기를 내서

ー--------

→声も出ないたくさんの日々の中で息をしているけれど

お互いに掛け合う心の声で その日のために勇気を出して

ー--------

 

「声も出ないたくさんの日々の中で息をしている」って表現が本当にセブチ。比喩が独特なんだけど共感できる、なんか感覚に対して物凄く繊細なセンスを持ち合わせているメンバーが天才すぎる。

忙しく過ぎていく日々で頑張って生きてるけど、、、みたいなニュアンス。そう表現するのか、と感動した。

ただ、「忙しい」で片づけるのではなく、その息苦しさも含んだなにか、忙しいだけじゃなくて生きることの大変さみたいなのも表現されててすごいなって。

 

ー---------

모두 함께 노래 부르자

힘찬 노랫소리 슬픔 가려지도록

괜찮을 거야 시계의 바늘처럼

다시 돌고 돌아 제자리로 오겠지

ー---------

→みんなで一緒に歌おう

力いっぱいの歌声で 悲しみを覆い隠せるように

大丈夫だよ 時計の針みたいに

また回りまわって元の場所に戻るから

ー--------

肩組んで笑いあってるイメージ。

大変なことも辛いこともどんなことがあっても大丈夫、またなんとかなってるからって言ってくれてるみたいで心がふっと軽くなるんだよね。

ひとりじゃないって思えるし、大丈夫って思えるし。

本当に歌ってすごい。

 

 

ここからの子どもたちの歌声コーラスがすごいのよ。

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La La La La La La La La La La La La
La La La La La La La La La
La La La La La La La La La La La La
La La La La La La La La La

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ピュアな子どもたちの歌声が本当に沁みるんだ…

 

全体を通してなんか感覚的なところで共感するし、支えてもらってるってところで感動するし、ひとりじゃない、大丈夫って思わせてくれるようなところに関しては本当にすごい、音楽の力を最大限に知ってるんだこの人たちってなるしで本当にいつも心が浄化される思いで聴いてる…

よろしければぜひ一度、歌詞を参照しながら聴いてみてもらえればなと思います。