有難い存在
「当たり前」の反対は「有難い」
私はこの言葉を、まさにあなたの存在そのものだなと思ったことがあります。
私たちはあまりにも多くの時間と経験を共有してしまったから。
毎日連絡を取って、お互いをよく知ってしまったから。
気づけばあなたは私の中で、「当たり前」の存在になっていた。
いることが当たり前で、連絡を取ることが当たり前で、困った時に頼れるのも、何でもない日に話をしたくなるのも、あなたがいること全部が当たり前になっていた時期がありました。
あなたと過ごした時間が気づけば丸3年。
はやいもので大学生活の殆どをあなたと過ごしました。
どんなシーンでもあなたがいました。
あなたと私
あなたと私は全く違う価値観で、互いに分かり合えないことを知っています。
だからこそ、それを受け入れる耐性がついてしまいました。
私はこの変容を「愛」と捉えてしまった。今もそうです。
私にないものをあなたが持っていて、あなたにないものを私は持っています。
だからこそ、互いに依存してしまいました。特別だと思ってしまった。
私はこの状況を「愛」と捉えてしまった。
違うくても分かり合える、支えになれる、特別な存在…
そんな関係性を私は愛だと、そう思っていました。今もそうだと強く思います。
あなたは私にある1つの形の愛を教えてくれました。
こんなにも誰かに会いたいと、繋がっていたいと、信頼してもいいんだと思えたのは初めてのことで、きっとこれは、私がこれから生きていく上で糧にも枷にもなるんだろうなと想像します。そんなあなたのことを私は有難い存在だと胸を張って言えます。
私にとって有難いあなたという人が、これからの人生で辛いことがあってもうまく乗り越えられるように、幸せに過ごせるように、寒い日はあたたかくして風邪をひかないように、そんなことを願いながら2024も幕を閉じるんだと思います。
2025年、私はあなたを卒業して新しい有難い存在の人たちと前に進んでいきたいです。